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almost everyday.

its a matter of taste, yeah

せんだい文学塾2016年11月講座 講師:穂村弘

番外編

せんだい文学塾11月講座
講師:穂村弘先生(歌人・エッセイスト)
日時:11月26日(土)16:30〜18:30
テーマ「2016年短歌ノート」
会場:仙台文学館
受講料:一般2000円、学生1000円、高校生以下無料

  1. 穂村弘著『シンジケート』(沖積舎、二〇一二年重版)と対話する / 古間恵一
  2. コッテスローの坂道 / 竹野滴
  3. せんだい文学塾受講生 7人の短歌
  4. 受講生からの質問
  5. キリンの子 / 鳥居 を読む
  6. 質問


以下、印象に残った発言など。

  • この講座ではいつも同じことを言ってるけれど、(1)エンタテインメントの小説(2)純文学の小説(3)短歌や詩などの韻文、これらは言葉としての位相が異なる、と考えています。
  • 短歌を読むときのポイントのひとつは、五感のどれが機能しているか、ですね。どうしても視覚優位になりやすい。
  • 読者は永遠にいるけれど、作者は歌より先に死んじゃいますから。未来の読者たちが勝手に誤読したり勝手にいいものにしたりして、その中で最も良いものが読みとして残るんですよね。
  • 日常の位相の言語から詩の位相を抽出することについて、今日ここに集まっている人なら読み取れると思うんですけど、例えば一般企業の営業部員を同じ人数集めて読んでもらったら正解率がだいぶ下がると思うんですね。それが詩の怖さというか難しさ、人気のなさだと感じていて、ポエジーの度合いを上げて行ったらここの皆さんもだんだんついて来られなくなると思うんです。レベルを上げれば上げるほどついて来られなくなるジャンルって何なの?っていう。
  • 読者はレート設定を意識するんですよね。例えばアクション映画を見ていて、これが全部実写なら「おお、すごいな」と思っても、CGだったらめちゃくちゃすごいことをしないと驚かないぞ、みたいな。
  • 「セブンティーン」って、いま読むともう、何周か回って新鮮ですね。こういう何か手掴みする感じの歌ってなかなか書けなくなるので、今のうちにたくさん書いておくといいと思います。
  • 災害や事件など社会的に影響の大きなものを扱う際は、その事象の重みに対してどのくらい自分がコミットできるのかを考えましたね。
  • 短歌が上手い人の共通点は、方向音痴であったりするなど、何かしらこう社会的なチューニングが悪いイメージ。
  • (毎週どのくらい作品を読むのか?という問いに対して)結社に入ると仕事の8割くらいは選歌になるといいますね。僕の場合は毎週あるのが日経、それとダヴィンチです。よかったら送ってくださいね(にっこり)。
  • 死刑囚の歌、というのはかなり数が多くて「この歌をこの世に存在させなくてはいけない」という切実さがありますね。同時に逆差別というか、ストーリーに依存するといった面もあります。
  • 80年代に短歌が文語から口語へと変わって30年、当時はそこに高揚感があったと思うんですがそれが失われてきてますよね。生まれた時からコンビニにハーゲンダッツがあった人は、ハーゲンダッツに興奮しようがないですもんね。

★★★

  • 著書の表紙などで拝見していたお姿と、いま目の前にいらっしゃる穂村さんとが、完全におんなじでイメージ通りであるという事実にまずは小さく感動しました。思ったより大きいなとか小さいなとか、太ってるとか痩せているとか、そういうズレがまったくなかった。それっていうのは、穂村さんご自身の「日常の位相から詩の位相を抽出する」テクニックが極めて精密であることの証明に他ならないはず。と確信するなど。
  • 話す言葉のひとつひとつが穏やかで柔らかく、それでいて的確でした。どのコメントもすとんと腑に落ちる、そして聴き手に考えを巡らせる余白をちょうどいい大きさで与えてくれる。メモを取る手が止まらなかったです。事前に提出した質問に答えていただけて嬉しかった。楽しかった。他、また何か思い出したら追加します。

2016年11月28日追記:このような場に相応しくない振る舞いについての話。

シンジケート

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キリンの子 鳥居歌集

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