almost everyday.

its a matter of taste, yeah

炸裂する蜃気楼

  • 昨夜はその後、ホクナリンテープ2mgを胸に貼り付け祈るような気持ちで眠りについたものの、4時すぎに発作のような咳にやられて目を覚ましました。幸い熱は下がったものの、それでもやっぱり声が出ない。薬の種類が多すぎてもはやどの副作用か見当もつかないけれど、身体が震えて口の中に妙な苦味がある。
  • これらの症状を夫に伝えたところ「俺、きょう日帰りだけど出張なのね。何かあったとき何もできないから、できれば家にいてほしい」とのことで、これは従うより他にないなと冷静に納得するなど。実際、今日も声は出ていないわけで、職場への連絡ひとつ満足にできない状態でまともに仕事ができるかっつうとむしろ足手まといなわけで。それなら明日までにきっちり回復したほうがまだいいよなと。
  • 水分とって服薬してまたふとんに戻り、止まらない咳の間に短い熟睡を詰め込むような眠り。身体は楽にしてるはずなのに、逆に体力消耗してるよなこれ…と思ったのが多分9時すぎ、そこから昼までは記憶なし。この頃たまたまiPhoneの画面に指が触れていたようで、LINEやTwitterのプロモーションアカウントに空の発信が残っているのに後から気がつきました。相手が友人知人でなくてよかった。こんなの、ダイイングメッセージか何かみたいじゃないか。
  • それにしても何というかこう、加齢というものを今一度真剣に考えなければならない局面に来ているのだなあと思い知らされている感があります。秋冬に溜め込んだ疲労やなんかをぶちまけるがごときこのタイミングとか、一旦落ち着いたかに見えた後の揺り戻し具合とか、たかだか咳でヒビが入るほど脆弱になっている骨だとか、あらゆるアレな部分についてです。そうだよな、40だもんなもうすぐ。違うな、38も39も40も気持ちの上では大差ないってことだよな、多分。少なくとも自分の中では。
  • 昼すぎに起きて、ようやく声が少し出るようになったのを確認。熱もなし。リハビリがてらタワーに赴き19年ぶりのシングルを買い求めました。とりあえず、祭りには乗ります。心に響くかどうかはまだ分からない。数多の薬に心身を支配されている現時点において、唯一耳に残った歌詞は「炸裂する蜃気楼」でした。これはまさしくおあつらえ向き、と言っていいのかどうかさえ判断がつかない。
  • あのひとはずっとあのひとのままで、手が届かないというよりはむしろ手に負えないままであり続けていて、本質は何も変わっちゃいなくて、たまたまその表現がとっつきやすい体をなしていた時期に自分が引き寄せられただけなんじゃない?甘い匂いを放つ花に群がる蝶や蜂のように。という気がしてるんです。その証拠に今、断片的な歌詞と乱高下する歌唱と甘いストリングスの余韻以外は何も耳に残ってないじゃないかって。

  • まだだめだ、正当な判断はできない。夕方にまた少し眠り、薬が切れてきた頃にまた起きて服薬。明日こそは仕事に行きます。おやすみなさい。