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almost everyday.

its a matter of taste, yeah

ラ・ラ・ランド

  • プレミアムフライデー?何それおいしいの?てな感じでいつも通りの金曜日、まっすぐ帰ってごはんの支度をすませてダッシュでフォーラムへ。ずっと待ってたラ・ラ・ランド、本日いよいよ公開であります。

  • 何を書いてもネタバレになってしまいそうなので詳細は下のほうにまとめますが、冒頭からしていきなりのトップギア具合にまずはしびれました。ここんとこ毎日のように家事の傍らspotifyで聴いてたサントラ、いよいよディスクで買ってしまいそう。はー、よかった…!
  • そんなこんなで帰宅したらば、残業4時間こなした夫がぼんやりした目で「奪い愛、冬」を見てました。曰く「全員頭おかしいんだけど指の隙間から覗くようにして見てる」だそうです。たまに見かけるとこれ、2〜3分おきに誰かしら叫んだり怒鳴ったりしてない?そんなことない?とりあえず、MステとZEROは朝のうちに予約録画しておきましたので万事ぬかりありません。ふふふ。
  • そうそう。きょう朝っぱらから解禁された高橋一生さんのanan、わりとすごいショットのはずなのに見れば見るほどエロくない気がして何だかふしぎなので思わずじっと凝視してしまいました。何て言ったらいいんだろう。無理やりキャプションをつけるとしたら「おしごと、ですっ(むにゅ)」みたいな。恍惚としたとこがあんまり感じられないというか、妄想が捗らなそう。だからどうしたという話ですが。
  • 追記。ラ・ラ・ランドのあれやこれやはここから下に書いてたたみます。未見の方はご注意を。(ちょいちょい書き足してます)





  • まずは何より、冒頭の高速道路の長回しアバンタイトルの素晴らしさ。底抜けに明るい音楽と色とりどりの群舞で、目の覚めるような映画の始まりを高らかに宣言します。これまでは憂鬱でしたかなかった渋滞、次にはまり込んだときは必ずやこのシーンを思い出すことでしょう。それを思うとわくわくしてしまう。
  • 古き良きミュージカルによくある感じ、いわゆる「必然性なく唐突に歌い踊る」「いかにも演じてますって感じの気恥ずかしいキメキメっぷり」を完全には消し去らないまでも、躍動感あふれるカメラワークとフラッシュモブ風演出により視覚聴覚両方から気持ちいいツボをゴリゴリ突いてくる辺り、いきなり素晴らしいです。特に、トレーラーの中からバンドが現れわっとフェス風の熱狂が訪れたあと自然発生的に踊りの輪ができる、という振り付けに縛られないパートが極めて今日的だと感じました。本当、素晴らしい。
  • 色彩の美しさはその後も目に心地よく、エマ・ストーン演じるミアが女友達3人とパーティーへ繰り出すくだりは特に印象的。赤・黄・きみどりのドレスで着飾った女優仲間が渋る彼女を口々に誘い、一度は断るも「やっぱり行くわ」と翻意した後の出で立ちは宵の空のような紺色なんですね。このスカートをひらひらさせながら揃ってキレのいいステップを踏む姿、ただただ素敵。ため息。
  • ライアン・ゴズリング演じるセブがピアノを弾くレストランのボスは、セッションの鬼教官フレッチャー先生ことJ・K・シモンズ。意に沿わない選曲にクビを言い渡す姿に「すわ、セッションのピアノ版が…?」と一瞬身構えましたがさすがにそんなことはありませんでした。ほっ。先生はこの後も登場されるのですが、そちらはまた後で。
  • これまでニュースやウェブ媒体で断片的に見てきたカットの数々から、このレストランのシーンで二人が運命的な出会いを果たすに違いないとばかり思ってましたがその予想は裏切られます。実際には、偶然あちこち行きあっては悪態をついたり憎まれ口を叩いたりしてばかり。ポスターのキービジュアルにも採用されている、あの黄色いドレスのダンスシーン時点でさえまだ心の距離が近づいていないのには少なからず驚きました。この辺りでストーリーの展開が読みきれなくなってきます。
  • ミアとセブ、それぞれの視点から見たレストランのシーンまでを描いた後は春夏秋冬ごとの章が展開されます。出会いの春、幸せ絶頂の夏、転機を迎える秋、そして5年後の冬。夏の夜、二人がとうとう恋に落ちる天文台のダンスシーンの高揚感ったら!恋に「落ちる」瞬間の心は、実際には重力なんか軽く無視して成層圏を突き抜けて、宇宙まで手が届いてしまうほどに高く高く舞い「上がる」ものなのだ、という紛れもない事実を久しぶりに思い出させてくれる演出に自然と笑みがこぼれました。見ようによってはマンガみたいに極端な演出だけど、それが絶妙にはまってたと思います。
  • セブが旧友、ジョン・レジェンド扮するキースと再会する直前のダンスシーンもよかったな。セブがステージで演奏していて、ミアがフロアで踊る場面。二人を交互に映し出すカメラワークが、まるでライブのソロの応酬を無理やり1台で追うかのような激しさを隠そうともしないんですね。荒っぽくてでも親密で、バンドという運命共同体が醸し出すグルーヴ感を恋人同士の間に滲ませるようで、それがとても素敵だった。ああ、本当に音楽が好きなひとの映画だ、わたしは音楽と笑顔に満ちた映画が大好きだ、って見ていてとても嬉しくなったんでした。
  • ジャズが好きで自分の店を開くという夢より先に腰掛けのつもりで参加したバンドがブレイクする、という展開には「え、ショウビズ界ってさすがにそんなに甘くなくない?」という疑問もないことはないけれど、細かいことには目をつぶりましょう。酷評された一人芝居が発端となって出演オファーが舞い込む、という筋書きもまた然り。この辺りはきっと「何もかも全て手に入れることはできない」「本当に欲しいものを手に入れるためには、時に魂を売り大切なものを手放さなければならない」というシビアな現実を明確に描くために必要なパートなのだ、と捉えています。
  • 舞台が冬へと移り、女優として成功したミアが母となり伴侶と連れ立って出かけた先のジャズクラブ。それこそが正にセブの店だった。という急展開を経て、出会いのシーンからこれまでをいくつものタラレバで振り返るクライマックスの巧みさときたら!あの時キスを交わしていれば、キースの誘いに乗らなければ、添い遂げる相手はあなただったかもしれない。フレッチャー先生だって笑顔で指をぱちんと鳴らしてくれたかもしれない。そうならいいのに。本当にそうならいいのに。
  • セブの隣で過ごす幸せな妊娠出産子育てが8ミリカメラの粗く眩しい映像で描かれるのは、それが現実の記憶ではなくおぼろげな願いの積み重ねだから。撮影に訪れたパリの街で手を取り合って踊るシーン、そこに映り込む時計の針は12時ちょうどを指していて、シンデレラの魔法が解けるその先を示唆しています。
  • シーンは戻ってセブの店。彼はステージに、ミアは客席に。傍らには別の伴侶。これが現実。ステージを隔てて見つめあう二人。全てを理解し頷くセブ。なんて切ない余韻を残す幕切れだろう、と背筋がぞくぞくしました。あー、よかった。本当によかった。また何か思い出したら追加します。