almost everyday.

its a matter of taste, yeah

じっと手を見るじっと手を見る

昼休み、職場でガチャックにぷちぷちと玉を補充していたらふと頭の中に「戦場で銃に弾丸をこめている兵士」のイメージが浮かんできました。そしたら次第に、そのイメージの中の手の様子が自分のそれと重なってきてしまって、何だかとても妙な気持ちになりました。銃で打ち抜いて死に至らしめたいほど憎い相手は今のところいないし、もし仮にいたとしても実際に銃を使いたいとはまず思わないはずです。自分なら。それなのに何故、銃のイメージなんかが浮かんできたのでしょうね?砂漠みたいに乾いた空気と、怖いくらいに青い空と、泥がこびりついたみたいに汚れた服と手のひらと、黒く小さくずしりと重たい弾丸の映像と感触が今でもはっきり思い出せるくらいの強い強いイメージでもって、今もしっかり脳裏に刻み込まれたままでいます。何なんだろう。疲れてるのかしら。昨日あんなに眠ったのに?わけがわからないよ。これもまた単純に月の満ち欠けに由来しているとでもいうのかなぁ。ふー。

それはさておき、文房具としてのガチャックはわりと好きです。それ単体では使いものにならないくせに一度くっついたらなかなか離れない、という要領のわるさというか融通の利かなさというか、そういうところの筋がきちんと通ってるような気がします。本体さえあればなかなか便利だし。それに、玉の個数を表す単位として「発」が用いられているのもどことなく男気あふれてる感じがして素敵です。カタログの表記が「ガチャ玉小・コピー用紙15枚まで・25発入り」とか、そういう感じなのですよ。かっこいいな。最初に商品開発したひとに会ってみたい。

さらに、ここからはただの妄想なのですが。これからいつかむしゃくしゃしたとき、銃で人を撃たないかわりに「巨大なガチャックでそいつの頭を挟むところを想像してみる」というのはなかなか愉快な脳内ストレス解消法になるのではないか?なんてことをもやもやと考えてみたりしました。その日がすぐに訪れたりしないことを祈りたいのはやまやまですが、それとは別にちょっと楽しみなような気もしております。・・・単純に誰かをいたぶりたいだけなんでしょうか、自分は。ますますわからなくなってきました。そろそろ眠ります。おやすみなさい。