almost everyday.

its a matter of taste, yeah

ミセス・ハリス、パリへ行く

  • 午後、フォーラムで ミセス・ハリス、パリへ行く。きらびやかなドレスにもハイファッションにもとんとご縁のない身ですが、「原作:ポール・ギャリコ」と来ればそれだけでもう名作の予感。ギャリコと言えば「雪のひとひら」「ジェニィ」そして「猫語の教科書」、平易な文章で紡がれる味わい深い物語をこれまで何度読み返したことでしょう。予告編をみる限り、慎み深く善良なマダムのドタバタ珍道中にファッション業界あるある的いけすかなさを絡めた人情ものっぽい雰囲気がめちゃ良さげだったので「これはきっとリラックスして楽しめるやつ…!」と狙いを定めて馳せ参じました。
  • あらすじは概ね予想どおりってかタイトルまんまなんですけども、クライマックスへ向けて次第にボルテージを上げていくというよりは小さな起承転結を積み重ねることにより全体像が磨き込まれる構成ゆえ「映画ならではの壮大さ」を重視する向きにはやや物足りなさが残るかもしれません。特に、分かりやすいヒールであるところのゴミ王夫人であるとか、ある意味ハリスと表裏一体とも言えるマダム・コルベールasイザベル・ユペールの人となりがもう少し厚めに描き込まれていれば終盤のカタルシスも増したでしょうか。とは言え、そこら辺やりすぎると今度はコテコテの人生訓あるいは説教臭さが出てしまいそう。描き込みをこのくらいでとどめておいたが故にこの物語の優美さが担保されているとも言えなくないので、人によって好みが分かれそうな気もします。
  • 年齢を重ねた戦争未亡人を主役に据えているとあって主要ターゲット層は50代からの女性であろうと推測されるわけなんですけど、ディオール全面協力のもと50年代を忠実に再現したとされるドレスやショーは夢のように美しく、若い層にも訴求力がありそう。サルトルの引用や労働者スト等、若さゆえの苦悩や当時の世相も効いていてどの世代にも何かしら刺さるものがありそうだと感じました。この日の公開を前に、図書館で原作本をぬかりなく確保しておいたのでこれから読みます。めちゃ楽しみ。

  • ここから追記です。原作、すごい。容赦ない。映画版の主題が「夢」や「憧れ」だとするならば、ギャリコの原作は「崇拝」をも超える「信仰」、あるいは「狂気」の域にさえ足を踏み入れんとする情熱の物語でした。児童文学(!)らしくひらがなの多い柔らかな字面ながら、短いセンテンスで直截的な表現を的確に繰り出す手腕はまるで短剣メッタ刺しの如き斬れ味…!
  • それと、マダム・コルベールが映画版より遥かにずっと魅力的かつ物語を駆動させるキーマン的存在として描かれてました。映画化にあたり、おそらくは女性ウケを考慮して改編がなされたであろうハリスのほんのり逆ハーレム感(原作には存在しないイケオジ達とのあれこれ)、あれはあれで甘々の夢物語に仕上がってると思うのだけれど、生きる歓びとともにほのかな苦味も感じさせる原作のほうがわたしは好きだな。クライマックスのスカッとJAPAN的オチも蛇足っちゃ蛇足かもしれません。
  • しかしまあ、男性作家であるギャリコが60年以上も前に書き上げた若くも美しくも裕福でもないやもめ女の勇気と情熱と冒険の物語を、当時より格段に生きやすくなった筈の現代にこういう味付けで仕上げて世に出すことが良しとされるんだなあ…と思うと若干もにょらんこともないです。おやすみなさい。