almost everyday.

its a matter of taste, yeah

静かな朝・おぼろげな夜

この冬は例年になく、灯油をがんがん消費している気がしてきました。冬の平日の朝、目覚めてまず最初にすることと言えばふとんの中から手を伸ばしストーブに火をつけて部屋があたたまるまでうとうととまどろむことに他ならないのですが、今朝は「そろそろいい頃合いか」と思いそーっとふとんを抜け出してもまだ部屋の空気がきりりと冷え固まっていただけでなく、吐く息までもがかすかに白かったのでちょっとびっくりしました。気を取り直して室内用の上着をはおり、さらに寒い台所へ向かい手を洗おうと蛇口をひねったら今度はなんと水が出ません。え?凍ったんですか?まさか。福島に住んでた頃は道もサッシも屋根も車もすべて等しく毎朝のように凍りついていたものですが、この温暖な(はずの)いわきでそんなことが起こるとは思いませんでした。出勤後、同僚たちに聞いてみるとやはり同じように「凍った凍った、こんなの初めてだよー」という反応が返ってきたのでひとまず安堵。よかった。うちだけじゃなかったんだ。市街地よりもずいぶん標高が高いせいなのか?と心の隅でちょっとだけ疑っていたのです。さすがにそれはありえないか。ほっ。

このところ、できるだけこまめに姉へメールを入れるようにしています。5年ほど前から義父母との同居を始め、ただでさえ気苦労が絶えないだろうに昨年は実母が骨折→入院→看病→自身が妊娠→義父倒れる→入院→看病→義母ガン発病→手術→看病→出産→休む間もなく親戚逝去→育児と看病に追われつつ現在に至る、という昼メロですらお目にかかれないような劇的クライマックスのエンドレスループに疲れ果て、グチを連ねる余力さえ失いかけているからです。姉からみればわたしはおそらく「遠くで勝手気ままに暮らしている呑気な妹」であり、同時に「王様の耳はロバの耳的存在」でもあるのだろうから、ならば与えられた役割くらいはきちんとまっとうしなくちゃなあと自分にしてはめずらしく殊勝なことを考えての行動でもあります。

自分の処理能力をはるかに上回る量の「やらなきゃならないこと」に追われ、息つく暇もないくらいがむしゃらにがんばってがんばってがんばりまくってる最中、ふと我に返ったときの「空白」のでかさやなすすべなさに恐れをなすあの感覚、というのは今なお思い出すのもしんどいくらい胸の奥や頭の底にべったりと貼りついたままでいます。それと全く同じものではないにしても、明らかに似たようなものを彼女は抱えているのだと思います。ひとりぼっちで終わりの見えないシャドーボクシングをしてるみたいなあの感覚がずっとずっと続いたりしたら、いつか本当に気がふれてしまうかもしれない。どうか、せめて上手に息ができるように。もしかすると自分は今、あのとき自分がしてほしかったことを姉に対して行っているだけなのかもしれません。復讐?誰に?わからないよ。おやすみなさい。