almost everyday.

its a matter of taste, yeah

箱根の山は天下の剣

  • 今年もそろそろおしまいですね。というわけでわたしもそろそろ、今年最後の自分の中のもやもやと向き合わねばなりますまい。なんの話かって?今度の箱根駅伝がどうもあんまり待ち遠しくないのが悲しい、という話です。
  • 箱根駅伝。正式名称は東京箱根間往復大学駅伝競走、戦火による3年間の中断を経て2016年に堂々第92回を迎える正月の風物詩。関東学生陸上競技連盟主催の地方大会でありながら全国ネットで放映される、日本最大規模の駅伝大会です。ファン層は実に幅広く、例に漏れずわたしもかれこれ20年以上、毎年手に汗握りつつ観戦し続けてまいりました。元日のニューイヤー駅伝も含め初詣も初売りもそっちのけでテレビにかじりつく、それがわたしの三が日だったのです。
  • それほどまでに楽しみにしていたはずの箱根への熱意が、ここへ来てややトーンダウンしつつあります。事前特番も密着番組も追えてません。これはどうしたことでしょう。いや、理由は既に分かっています。それもこれも全て、前回大会で青山学院大学が優勝したことに端を発しているのです。
  • 青山学院大学。前回大会の覇者。明るく開放的な校風もそのままに、努力・忍耐・根性といった駅伝がらみの暗いイメージを覆す合理的かつ革新的なトレーニングで一躍名門校に名乗りを上げました。叱って奮い立たせるのではなく、褒めて伸ばす指導法。上下関係よりもチーム間のコミュニケーションを重視する姿勢。少子化に伴う若い世代の変化を柔軟に受け入れた環境づくりが見事にハマり、各選手がのびのびと力を発揮した結果が大きな実を結んだと言えます。
  • わかってる。全部わかってる。練習するなら合理的なほうがいいに決まってる。限られたリソース、練習時間や練習環境を最大限に生かすにはより合理的な方法を考えるべき、それが選手のためになるなら抜くべきところは抜いていい。可能な限り効果的な練習を積めばいい。そんなことは百も承知なのです。そういうふうにできたらどんなにいいか、とも思うのです。なのに気持ちがついていかない。わたしのなかの中1の記憶がそれを許さないんです。そして何より、いま現在の社畜マインドがそれを許してくれないんです。
  • 利便が苦行を凌駕する。平たく言えば、前回大会の青学優勝はそういうことでした。新しく柔軟な価値観の勝利でした。旧態依然とした伝統や権威が敗れ去った瞬間でもありました。新しい時代の幕開けとして快哉を叫ぶべき歴史的勝利であった、にもかかわらず、わたしはそれを手放しで喜ぶことができませんでした。
  • 一番努力したチームが一番強い。それをきっちり実証するには、選手の練習のみならず前述した環境づくりなども努力の一部と見做されて然るべきと考えます。それぞれのチームが持てる限りの力を注ぎ、ありったけの努力を積まねば立つことさえもできない舞台、それが東京大手町読売新聞社前のスタート地点なのです。
  • その「ありったけの努力」に100年近くも組み込まれ続けてきた旧来の価値観、厳しい上下関係や激しい叱責などが「実は要らないものだった」という事実が青学によって証明されてしまった。それは、苦行を耐えて耐え抜いて勝利を信じた側にとっては受け入れ難い事実だったに違いないと感情移入してしまわずにいられないのです。「一番努力したチーム」よりも「一番辛い思いをしたチーム」に勝ってほしいと願ってしまうのです。そんなことはフェアじゃないと分かっているのに、それなのに。
  • 誤解を招くとアレなんで一応付け加えておきますが、陸上競技そのものはわりと個人主義っつうか「記録を伸ばすのが最優先」みたいなところがあって各々淡々とメニューをこなすんですよね。選手同士で競り合う練習もあるにはあるけど、敵はだいたい自分自身。ただ、伝統校や強豪校ともなると各方面からの圧やしがらみ、いわゆる襷の重みというやつが半端なかろうって話で。そういうドラマがあってこその面白さも否定できませんが、そこら辺の面倒を極力遠ざけるという努力が今後の箱根に浸透してくれたらいいな…と思います。個人の意見です。