almost everyday.

its a matter of taste, yeah

彼が愛したケーキ職人

  • 午後、フォーラムで彼が愛したケーキ職人。年末にCSの映画紹介番組で絶賛されていたのと、実際に劇場でみた予告編に映し出されるケーキの数々が美味しそうなのでとても楽しみにしていました。静謐で美しく艶かしい作品。
  • 妻子あるイスラエル人男性、赴任先での恋人であるドイツ人男性ケーキ職人、不慮の事故によりシングルマザーとなった妻。この題材であれば、時系列をちょちょいといじれば観客をも巻き込むロマンス系スリラーに仕立てられそうなものですが、本作はそのような小手先のテクニックに頼っていません。邦題が示す通り、ほぼ時系列にそれぞれの姿を丹念に追っています。
  • 妻が営むカフェ、心を閉ざしがちな息子、敬虔なユダヤ教徒の兄、料理上手な母。イスラエルへと渡ったケーキ職人は、言葉や宗教や生活習慣の違いを静かに飲み込みながら恋人の家族たちと交流を深めます。恋人が残した水着、雨の日に手渡された着替え、不用品として与えられた身の回り品、恋人に関わる全ての人やものに触れずにはいられない。それらは亡くした恋人の影を求めてさまよう行為に他ならず、観ていて胸が痛くなってきます。
  • 一方の妻は、窮地に現れ店を手伝ってくれるばかりか美味しいケーキを次々につくり評判を上げてくれる彼に少しずつ惹かれていきます。それはもうこの上なく自然な流れなのだけれど、事の経緯を全て知っているこちらからするとこれもまた胸が痛いわけです。やがてふたりが身を交わすその時、最初は拒んで見せるんですよね彼が。でも、かつて恋人から聞いた夫婦の情事を思い出すやいなや、その手順をそっくりなぞって事に及ぶんです。恋人を思いながら別人を抱く、それだけではなく恋人そのものに成り代わって同じ行為を追体験しようとしている。それはおそらく、いや間違いなく激しい心の痛みを伴うはずで、イスラエルというロケーションもあいまって宗教的な儀式あるいは修行のようにも思えてきました。
  • 恥ずかしながらコシェルというイスラエルの食習慣をほとんど知らなかったのですが、肉と乳製品を同時に食べてはいけないばかりか食器も洗い場も別にする(!)という厳しさには驚くばかりでした。序盤、ケーキ職人がオーブンの使用を咎められるのは彼が異邦人だから、でしょうか。他にも成人男性の特徴的な装飾品や安息日の遵守など、未知のイスラエル文化がごく当たり前の日常として描かれていて、物語に深みと奥行きをもたらしています。音楽をほとんど使用せず、静寂の中で丁寧に登場人物を追う演出も良かったです。
  • 最後に妻が、それまでのケーキ職人と同じように夫の行動をなぞってみせたあとの表情。この映画にこそふさわしいものだと思いました。他のあれこれはまた後で。