almost everyday.

its a matter of taste, yeah

Fu**kin with My Head (Mountain Dew Rock)

  • もしもわたしがセメンヤ選手の立場なら「生まれ育った性自認のまま競技者としてスタートラインに立つことを許されないなんて不当だ、差別だ」と思うだろうし、彼女と同じレースに臨む他の女子選手の立場なら「生まれつきまるで性能の違うエンジンを積んだスーパーカーみたいな相手と同じ条件で戦うことを課せられるなんて不公平だ」と思うだろうな、って話なのです。それはおそらく、どちらもごく自然な感情で、そして絶望的に相容れない。
  • セメンヤ選手側に依って立つ意見に「彼女はひとつもワールドレコードを持っていない、実はそれほど圧倒的に速いわけではない」というものがあったけれど、そうは言っても彼女はこれまで五輪と世界陸上で計5つもの金メダルを獲得しているんですよね。同じオリンピアンでも、同じメダリストでも、メダルの色が違えば競技生活を退いた後の人生も当然違ったものになるでしょう。同じレースを戦った女子選手が「その称号は自分が得るはずだったものだ」と考えることも当然あり得るだろう、とは思います。
  • しかし本件が「たまたま同世代に松井秀喜がいた」「吉田沙保里がいた」という絶望ならびに運の悪さと何がどう違うのか、と考えてみると何が何だか分からなくなってくるのもまた事実なのです。性別ではない。素質が違う。そんなことより本人の血の滲むような努力が何よりものを言うのは当然として、それでもなお、それはそれとして凡百の選手とは桁違いの素質の持ち主であった。ならば、セメンヤ選手が持って生まれた身体的特性と素質とを分ける違いとは何なのか。ひょっとしたら、松井の身体を構成する何らかの成分だって一般的な高校生男子よりはるかに頭抜けていたかもしれない。例えば、ギャル曽根みたいに腸内の乳酸菌?がやたらめったら多いとか?そういう思いもよらない何かがあの怪物ぶりを支えていたのかもしれない。しかし、そんなことを疑われるような事態はついぞ訪れなかった。なぜなら、彼が(かなり大柄であるとは言え)ごく一般的な高校球児的ルックスを逸脱していなかったから。そう考えると、簡単には割り切れないものがあります。
  • ちなみに、セメンヤ選手が長年の女性パートナーと婚姻関係を結んでいる件についてですが、南アフリカ共和国では同性婚が認められており基本的に本件とは関係ないものと捉えております。仮にもし「同性婚制度のない国でパートナーシップに関する権利を得るためにやむなく異性として結婚した」であるとか「そもそも性自認は男性であり、競技生活においてのみ女性であることを主張している」というような事実があるのだとしたら話も変わってきましょうが、この辺りはそもそもプライバシーとして扱われて然るべき事項であり、他人が口出ししていい話ではありません。そこだけ強調しておきたい。
  • 先発は涌井。つらい。おやすみなさい。

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