almost everyday.

its a matter of taste, yeah

9年目の決断(歌も僕との妄想)

  • 時は2015年。とあるバンドXは存続の危機に立たされていた。
  • 北の大地で結成された4人組は-年前に揃って上京、同年メジャーデビュー。各メディアはこぞって彼らを取り上げた。音楽チャンネルではMVが繰り返しオンエアされ、FM局ではパワープレイ決定。雑誌の表紙と長いインタビュー、ツアーを回れば黄色い歓声。そんな彼らは俳優・アイドルを多数抱える大手芸能事務所所属となった。まあまあ、よくある売り出し方である。
  • 曲は良い。声も良い。見た目だってそう悪くはない。しかし、圧倒的に華がなかった。溢れる才気というものがなかった。ついでに言えば運もなかった。彼らはただただ、音を鳴らしてさえいられればそれで幸せだった。歌いたいことなど何もなかった。しかし歌わずにはいられなかった。その一癖ある魅力を愛するファンは常に一定数存在したものの、一発ドカンと売れそうな気配は皆無だった。いつしかデビュー当時のプッシュも途絶え、ライブの動員数は減少の一途を辿った。全国ツアーを回るたびに会場の規模が小さくなる。にもかかわらず、ソールドアウトに手が届かない。歯がゆい状態が続いた。
  • 時は流れて-年後、バンドはある賭けに出る。当時人気を博していた先輩バンドの解散を機に、そのリーダー格であるメインコンポーザーを新メンバーとして招き入れたのだ。それはバンドの根幹を揺るがす改革となった。万年Bクラスの弱小球団に、走攻守揃ったメジャーリーガーを迎えたようなものである。黒船襲来。かくして、バンドの雰囲気はがらりと変わった。作風も変わった。年齢、経験、知識、実績、どれを取ってもリーダーに分がある。偉大なる先達を崇めるように、あるいは教えを乞うように、曲にもライブパフォーマンスにもリーダー色が濃くなっていった。
  • バンドに吹いた新しい風はやがて爆風となった。ただし、その勢いはごく局地的かつ一時的なものに過ぎなかった。ライブの動員数は増え、それまではごく僅かだった男性ファンの比率も飛躍的に上がった。しかし、それはあくまでリーダーに付随してきた固定客。新たなファンを獲得できたとは言い難く、かつての作風を愛した初期ファンの中には、見切りをつけて離れていく者も少なくなかった。ほどなくしてリーダーがバンドを去ると、あれほど熱狂的かつ狂信的だった固定ファンは引き潮のように消えてしまった。それはまるで焼畑農業のようだった。後にはほとんど何も残らなかった。ちなみに、このリーダーは別のバンドを率いて現在も活動を続けている。結局何がしたかったんだ、とは言いたいが言えない。いわゆる大人の事情である。
  • オリジナルメンバーに戻ったバンドは、初期ファンが焦がれるほどに待ち望んだ原点回帰作をリリースする。しかし、時すでに遅し。売上げも動員もデビュー当時には及ばなかった。新しいバンドは次々にデビューしてくる。若くて無垢で傷つきやすそうな、あるいは斜に構えた生意気そうな、かつて彼らがそうだったような「いかにも売れそうな」新人バンドはいくらでもいた。彼らは既に三十路の坂を越えていた。
  • そんな彼らに、ある日とうとう生々しい現実が突きつけられる。「契約はあと-年ね。これで結果が出せなかったらおしまいだから」「だからね。言いにくいんだけど、この-年のうちに方向性を決めてほしいの。バンドにしがみつくならそれなりの結果を出してくれなきゃ困る。もちろん、他に何らかの付加価値を見出してくれるならそれでもいいけど」「期限はきっかりあと-年。それまで結果が出せなかったら…分かってるよね?」
  • 彼らは焦った。とにかく何か、何でもいいから早急に結果を出さなければならなくなったのだ。バンドとしての活動機会は限られている。それなら課外活動だ、とばかり各々が精力的に動き始めた。ある者はピンチヒッターとして他バンドのサポートを務め、プレイヤーとしての幅を広げつつその能力を如何なく発揮した。またある者は、かねてより突出していた他分野での才能を開花させた。今となってはもはやセミプロ、その筋の第一人者をも唸らせる豊富な知識量で他を圧倒するに至っている。またある者はひたすら曲を書いて過ごした。いつかまた、この4人で浮かび上がれるその日を目指して。そんな思いを知ってか知らずか、ある者はバンドを去る決心をした。上がりの見えない日々は既に9年目へと突入していた。彼にはもはや、バンドを続ける意欲がどこにも見出せなくなっていた。9年、それはあまりに長く、それでいて夢のように短く美しい日々だった。

  • これから彼らがどんなふうに変わって行くのか、それはまったく見当もつきません。新たな翼を見つけて再び羽ばたくのかもしれないし、あるいはこのまま瓦解してしまうかもしれない。どっちでもいい。毒を食らわば皿までも、このままずっと彼らを最後まで見届ける所存であります。そのいびつな不器用さが大好きです。大好きです。本当よ。
  • また、言うまでもありませんが当エントリの大半(特に後半)はいちリスナーの勝手な想像により書かれております。あしからず。