almost everyday.

its a matter of taste, yeah

KNEECAP/ニーキャップ

  • 駅前で KNEECAP/ニーキャップ。いかんせんヒップホップに疎いため、春先にフォーラム仙台で予告編を見かけた際は「ふーん」くらいの感じで受け流してしまい「アイルランドトレインスポッティング」なる謳い文句もそこまで刺さらなかったんですけど、その後グラストンベリーでのパフォーマンスを知るにつけうわああめっちゃ観たいやつ〜!と俄然興味が高まってきたのでした。
  • 母語をこの手に取り戻すため音楽で闘う」なんて言っちゃうとものすごいヒロイックな作風や演出を想像してしまいそうなんですけど、「まだ歴史の浅いグループの半自伝的ストーリーを全編にわたり本人出演で描く」という他に類をみないスタイルでその手の神聖化/伝説化に陥りそうなところを上手く回避しているというか、当事者自らがみっともなさや可笑しさをも隠そうともしないユーモア込みでノリノリのセルフパロディに興じている感もあって、政治的テーマを扱いながらもとっつきやすくテンポの良さとビートとライムに身を委ねていればOKな心地よさがありました。巧いな〜!
  • そんな彼らとて四六時中アイデンティティをめぐる闘争に身を投じているかっつうとそんな事はなく、いかにも血気盛んな若者らしく飲んだりキメたり抱いたり逃げたり捕まったりしてるわけなんですけど、そういうザ・ヒップホップ的酒とヤクと女的題材もごく当たり前に扱われる中で、並の映画ならちょっとした見せ場になるであろうバイオレンス描写を「ここは早送りで」なんつってキュルキュルすっ飛ばしてみせちゃう辺りのマッチョすぎない感じに何だかホッとしたりもしたんでした。チンピラの売人であることと類希なる言語センスの持ち主であることと警察に中指を立てる狂犬ぶりと父親譲りの誇り高き弾丸であることがごく当たり前のように彼らの中で並立している、それ故に既存のナショナリストとも過激派とも一枚岩にはなれない、という特異性が際立ってくるのがおもしろかったです。
  • 個人的にグッときたシーンはふたつ。プロディジーをバックに逃げるスローモーションの背後で一羽の鳥が左から右へと画面を横切るところ、そして死んだ目をしていたママが意を決してバチバチにドレスアップして外に出るあの瞬間でした。ひとの数だけ闘いかたがあるんだわ、と思ったんだった。何か思い出すところがあればまた後で。