almost everyday.

its a matter of taste, yeah

置いていかないで

18時すぎ、いったん職場を後にしてお通夜へ。葬祭場のきらびやかな花や供物や走馬灯や、煙の立ち上る焼香炉や、袈裟や木魚やその他いろんなものを見ているといつも頭が鈍く痛みはじめます。ああ今回もやっぱり来たな、そろそろしんどくなるな、と思ったあたりで息がひゅうっと苦しくなるタイミングまでほとんどまったく変わりません。両親がいずれも末っ子なせいで老いた親族の葬儀を何度も経験する子供時代を過ごしたわりには、ちっとも耐性ができてないような気がします。というよりはきっと、人格形成期に天寿を全うしない死をいくつも見てしまったのが遠因なのでしょう。誰も望まない認めたくないただ悲しいだけの死に方をされた。という経験が、自分の生死感みたいなものに取り返しのつかない重たい影を落としているような気がしてなりません。そしてそのせいで未だに、死というものをごくあたりまえに捉えることができないのです。とても深く恐れています。自分がいつか死ぬことも、好きなひとたちに死なれることも。死にたくないとは思わないけど、自分がいなくなることで同じような傷を誰かに与えるかもしれない可能性のことを考えるともうだめです。そんなことをしてはいけない、それが自分の意志じゃなくても、と歯をぎりぎり食いしばったままぶるぶる震えてしまいます。そんなふうに出口のないことをぐるぐるぐしゃぐしゃ考えながらじーっと読経を聴いてるせいで息が苦しくなったりするんでしょうけど、きっと。

とりあえず気持ちを落ち着けて、いまいましい黒い服などさっさと脱いで待ち合わせ場所へ。友達とイタリアンでごはん+お茶デートしてきました。旅行のお土産など渡し、互いに近況報告など。前菜はほうれん草入りオムレツと生ハムとラスク2種、それにラタトゥイユ。メインはあさりとブロッコリーのぺペロンチーノ、それと名前は失念しましたがトマトソース系のピザをいただきました。生地がもちもちでさくさくで、終始「おいしい」を連発しながら良く食べよく喋りましたよ。次はぜひお泊り会で。よろしくお願いします。

お店を出ると、夕方すぎに降り出した雪が勢いを増していました。帰宅してお風呂に入ったあと、積もりぐあいを確かめるべくベランダへ出ると周囲は既に寝静まった後で、雪の積もる音がわずかに聴こえるくらいしーんと静まり返っています。遠い夢の中で鈴の鳴る音を聴いているような、何かひと言でも声を発したらすぐに消えてしまいそうな小さな音がとても綺麗で、しばらく白い息を吐いたままじっと聴き入っていました。身体が冷めてしまわないうちに眠ろうと思います。おやすみなさい。